サラリーマンの多くはまじめな人が多く、そういう人たちは他人に借りを作るのが嫌いだという人たちだろう。そういう人たちは、家を買うためとはいえ、巨額のローンを組むことに心理的な負担が大きいと思う。古いタイプの人たちだろう。できればさっさと返済してしまいたいという性向を持つ人なら、繰上げ返済が容易な民間銀行を中心にローンを組みたい。住宅公庫だと一〇〇万円単位であるのに対し、銀行の多くは一〇万円単位で繰上げ返済を受け入れているから、元金の減少と利払いの減少ピッチが早いのはやはり後者。もちろん、借金が好きな人はいないだろうが、逆にある種のサラリーマンの中には、消費者ローンなどを利用して上手に資金繰りをしている人も多い。クレジットカードや消費者ローンはすでに我々の生活に浸透しており、上手にやりくりすれば、非常に便利なものだ。このように表現は悪いが借金に慣れている人、さほど拒否反応のない人であれば、住宅ローンにしても細かい金利差をうんぬんしない長期固定を中心に組むことが、結果的に地道な返済を実現する。借金増加の抑止力となることもあろう。
80年代前半にもてはやされたのは、パールピンクの口紅だ。この色に、青いアイシャドーを合わせるのが若い女性のメイクの定番。アメリカのTVドラマ「チャーリーズ・エンジェル」で人気が沸騰したファラ・フォーセットのあのメイクである。彫りが浅い平面的な日本人の顔にマッチするとは到底思えない色合わせではあったが、女子大生のバイブル的ファッション誌「JJ」(光文社)が提唱したニュートラファッションにも取り入れられ、一大ブームとなった。パールピンクの大流行後は、男女雇用機会均等法の施行により社会進出する女性の増加を受けて、ベージュ系の地味な色合いが人気となる。鮮やかな口紅で女性をアピールするのはもうアウト、オフィスにとけ込む無難な色は男性と対等に働く女性の象徴だった。
死を迎えるターミナルライフを問うことで終わりではなかった。死後の葬送もまた、問われることになる。人の死というのは、最期である臨終期から死亡直後の葬送までをトータルにとらえるべきだからだ。生の延長線上にあるのが死である。それぞれが生を全うしたということ、それぞれのしかたで生きたということ、死者の個としての多様性、意思が尊重される形で葬られるのがよいのではないだろうか。葬送は、さまざまな伝統や習俗の中で育まれてきたものである。そこには人間の死に対処する知恵も含まれており、それは尊重されなければならない。それから完全に抜け出すことがよいことなのではない。しかし、一方で考えなくてはならないのは、人間の生きる権利・自由には、いかに死ぬかということも含まれているということである。もちろん死は本人だけのものではない。死というものが家族あるいは親しい人との関係、共同性の中で起こる問題であるという原点を見据えながら、死に際の自由も尊重されるべき、という考え方が出てきている。